左が矯正治療前、右が矯正治療後の横顔の写真。成人の場合下アゴの成長がないので、矯正治療のメカニクスにより、上下の臼歯部の3次元的位置を変えることで下アゴの位置を変えます。鼻からオトガイにかけて大きく改善しています。

上の2枚の写真を見比べて下さい。左の矯正治療前は上下の唇を閉じようとすると口の周りとオトガイの筋肉が緊張し、またオトガイは後退しています。右の矯正治療後では唇は余裕を持って緊張なく閉じ、上唇からオトガイにかけてきれいな曲線を描き、オトガイは術前に比べ前に出ています。オトガイから首にかけての長さも増加してまるで外科のアシストを受けたような変化です。
下の頭部のX線写真を見て下さい。普通の症例では①と②の長さの関係は3対4で、②の下顎の部分の長さの方が大きいのですが、この症例では逆転しています。何故か?これは専門的な話になりますが、この患者さんは幼少期に外傷または歯ぎしりなどの習慣の理由で顎関節に大きなダメージを受け、成長期(10才から13才頃)に下アゴが伸びるチャンスを失っていたのだと思います。

前症例(成長期1)を通して、顎関節の状態がアゴの成長に与える影響を示してきましたが、この症例では下アゴの十分な成長が得られず顔に大きな影響を受けています。初診時の検査で顎関節の円板転位の状態をMRIでチェックすると円板が大きく前方に転位し、開口時も円板が復位しない最も進行したステージでした。円板転位が起きてすでに長期間経過しているので慢性化していて症状はわずかでしたが、スプリントを用いてアゴの位置を安定化させて、顎関節の状態を同時に整えた後、矯正治療に進みました。

矯正治療前(19才1ヶ月)の状態、患者さんの主訴は上の前歯がでているのと、下アゴが後ろに下がっている。初診時の検査で顎関節に円板転位があり、矯正治療に先駆けスプリント療法を行いました。

矯正治療前の顎関節のCBCT像。顎関節の円板転位は閉口時は円板が前方に転位し、開口時も円板が復位しない最も進行したステージでした。下顎頭と関節窩は平坦に変形しています。

この患者さんは成人ですので成長は残っていません。上下の唇を閉じようとすると口の周りとオトガイの筋肉が緊張し、またオトガイは後退しています。上顎前歯の突出度もあります。小臼歯の抜歯を行い、そのスペースを用いて臼歯の3次元的位置をコントロールして下アゴを反時計回りに回転させ、オトガイが前方に出てくるメカニクスを使いました。顔の審美性の要素は整っているので、歯の移動のメカニクスを注意深く用いていきました。

矯正治療後の状態、患者さんの主訴は上の前歯がでているのと、下アゴが後ろに下がっているでしたが、共に解決しました。患者さんの大きな協力が得られ、目標を達成できました。

小臼歯を抜歯しましたが、この症例のように下アゴが大きく後退した場合は上顎に第3大臼歯(親知らず)が存在したので、第2大臼歯の抜歯も行い、その位置に親知らずを入れました。大臼歯部の高さのコントロールを推し進め、下アゴの反時計回りの回転をさせました。上顎左右の親知らずを第2大臼歯の位置に誘導していますので、歯の数は小臼歯のみを抜歯したのとほぼ同じです。唇は余裕を持って緊張なく閉じ、上唇からオトガイにかけてきれいな曲線を描き、オトガイは前に出ています。オトガイから首にかけての長さも増加してまるで外科のアシストを受けたような変化です。目隠ししていますが、目の大きさも少し大きくなったのではと思えるほど表情は変化しました。

矯正治療前後の頭部X線規格写真の比較。矯正治療のメカニクスで下アゴは反時計回りに回転させ、鼻の下からオトガイまでの垂直的な長さは少し短くなって、オトガイも前方に出て、顔立ちに大きく影響しています。

矯正装置はエッジワイズ装置(Straight Wire Appliance、以下SWA)を使用し、上下左右の小臼歯と上顎左右の第2大臼歯を抜歯、治療期間は2年3ヶ月、治療費は109万円(税別)でした。

  • 一般的に治療上のリスクとして、歯根吸収、歯髄壊死、カリエスの発生、歯肉退縮、顎関節症の発現、歯周病の悪化をよくあげていますが、本症例では全く起きておりません。

本症例のまとめとしては、治療のタイミングとしては、もっと早くに出会っていれば、治療の可能性(例えば円板転位をコントロールし、下アゴの成長を加速させるなど)は広がったかもしれません。しかし成人になっていても診査・診断し、患者さんの状況を十分に把握し、小さな可能性を積み重ね、歯の並びを整え、機能的咬合を獲得し、しかも左右の顎関節とも調和して更に顔貌も美しくするという結果を得ることができた症例です。